雑学道・師範代のブログ

師範代が思う、考える、理解する事を色々と書いています。

普通の対応が普通に受け止められるように

普通の対応を行った。

この事に対して「褒める」のは特に問題無いと考えます。ただし「過剰に褒める」事はどうなんでしょうか?

場合によっては相手が「嫌み」だと受け取ってしまったり、「天狗」になってしまう事が考えられます。それは褒めた側・褒められた側の両方にとって、望ましい事ではありませんよね。

「今」に限った事ではありませんが、TVやネットで必要以上に「大げさな」表現を使い、相手を褒める行為に疑問を感じています。

例えばお客様から(悪意の有無に関わらず)要望・質問があり、法律と正論で対応した社員に、「この社員は素晴らしい!みんなで褒めたたえましょう!」といった意見は、(気持ちはわかりますが)出来れば心の中に留めて、「この対応を手本にしたいです!」とした方が、社員やその意見を見聞きした方に、素直に受け取ってもらえるのでは?と師範代は考えます。

あえて少し厳しい言い方をすると上記の場合では、社員の対応は「仕事(業務)」の範疇で、まさに普通の対応を行っただけ。褒められる要素はどこにも無い。

それでも「褒める・褒められる」事に対して「異論・反論」が無い、または少ないのは、普通の事が普通に「出来ていない」場合が多いから?でしょうか。

とまぁ思ったままに文章を作ってみたのですが、そもそも「普通」って何やねん!って事に基準が無いので、解決方法は無いですよね。民主主義の基本として「50%以上の同意がある事が普通」として、師範代の意見に同意していただける方が、(少なくとも日本人の)50%以上になってくれる事を願うのみですね。

願うのは師範代の勝手ですから(^o^)